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とりま風呂

とりあえずまあ、はてブロでも。略して『とりま風呂』 by 常時系

人生の不幸の総量はみんな同じという話

どうも、お久しぶりです @georgek5555 です。

ちなみに、ここ閉鎖したはずなのにっていう一部の人がいるかもですが、別に全然有名でもないので前言撤回して、またたまに書きますよ。

さて、さっき誰かが「人生における不幸の総量は誰しも同じだ」って言ってました。
確かにこの発言って、よく聞きますよね。
若い内に不幸をいっぱいしていると、その後が楽だみたいなのを、なんか励ましのように言う人もいます。

でも、これってちょっと違うのかなって思ったりするのです。
というのも、人生における不幸の総量が同じだなんて、一体何の根拠なんだろっていうのが一番。
そんなもん、一体なんの統計学なんだろって。

ただ、ひとつ言えることは、早い段階で色々不幸を積み重ねていると、何か問題が起きた時にそれを不幸と感じる敷居が高いか低いかが変わってくるということ。

つまり、若いうちに不幸をあまり経験していない人は、不幸に対しての耐性があまりないので、大したことじゃなくてもすぐに不幸だと感じてしまう。

例えば、20そこらの頃に一人暮らしをして、財布の中があと100円もないのに2日間すごさないといけないとかなったら、食べるもロクにできずに水道水だけで過ごすなんて経験しちゃう人決してめずらしくはないです。
はじめてこういうことを経験する瞬間は「なんて不幸なんだ!神よ!」って思うんですが、それを繰り返し経験すると、別にそんなの不幸なんてワードで片付けるものでもないなって思うようになるんですよね。
なので、例えばその後結婚して小遣い制になって、1日に使えるお金が1000円しかないとかでも、全然不幸って思わない。
ところが、順風満帆でお金に苦労をあまり感じなかった人が結婚して、突然財布を嫁に握られて1日1000円しか使えないとかなると、「え。なにこれ。結婚しても不幸じゃん」とか思ったりする。

ちょっと例えが悪かったか。

まあ、つまり早い段階で不幸をいっぱい経験したり、大きな不幸を経験すると、その分あとからくる不幸を不幸と感じなくなるってことだと思うんですよね。
実際には、若い内にいっぱい不幸を経験している人がその後不幸が少ないかっていうと、実は結局若い内にいっぱい経験している人の方が総量が多いことは十分にあり得るなと。

さっきの例えでいうと、順風満帆な人が小遣い制になって不幸だと感じたらそこで1FP(不幸ポイント)だとしますよね?
若い頃にお金がない経験していたい人は、若いころに1回だけしかお金がそこをついた経験をしていないとしても、その時点で1FP。
そして、小遣い制になった時に本人はそう思っていないけど、順風満帆な人と同じ基準で考えたら+1FPで2FPになっている。
つまり、単純に鈍感になっているだけで、不幸の総量としては若い内に不幸をいっぱい経験している人の方が不幸の総量は多いのかなと思うのです。

これって、つまり、総量なんかで不幸を測るから間違いだってことなんですよね。若い内に色々耐性をつけておくことが重要だって話なんだと。

でも、そうやって冷静に数値化すると、結局若い内に不幸をいっぱい経験している人は、気付かずにいっぱい損している可能性もあるわけで、「総量同じだ」なんて言葉に騙されず、不幸は出来るだけ回避したほうがいいのでしょう。

おい、お金の話だけかよ。

何が言いたいかよくわかりませんが、そういった励ましの言葉で救われる人がいるならそれでいいんですけど、こうしたトリック的な言葉で救われても、どこかでショートしちゃう可能性があるから、そんな言葉で救われずに、もっと不幸をしっかりと噛み締めて、後からくる不幸に向けて耐性をつけて強くなる方が大事なのかなって思うんです。

とりま今日寒い。