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とりま風呂

とりあえずまあ、はてブロでも。略して『とりま風呂』 by 常時系

バズるというのはそもそも心に寄り添うことだという話

ども@georgek5555です。

桜が舞い散ってますね。忘れた記憶と君の声が戻ってくる感じがします。ひゅるりら。

さて、とある仕事仲間が「バズる記事はかけないけど、心に寄り添う記事を書いていきたい」といった発言をしていました。
この発言をするまでの経緯はさておき、この一文だけをみると、僕は「おい!それは違うぞ!ワックMC」と思わず言いたくなってしまうのです。
「バズる」というフレーズは、ブロガーやライター、広告関係などといった、日々そこに向き合って葛藤している人たちだけじゃなくて、今や当たり前に使われる言葉になってきました。
そうね、Buzzfeedがローンチしてから、なおのこと「バズね。バズ。わかるわー。あれでしょ?バルスしちゃう少年でしょ?」なんていう人はいなくなったと思います。

そもそもバズとは、蜂が羽をばっちばちさせて、ブンブン飛び回っている音というところから、ネット上で爆発的にわーわーなることを指して使うようになりました。黄色い空でぶんぶんぶん。

んで、一時期のパクリバイラルメディアブームとかもあって、いつの間にか「バズ」って、読者を騙してクリックさせたり、炎上させてアクセス稼いだりみたいな、そういった手法のことだと勘違いする人が増えているなって、すごく思うんですよね。

色々なライター講座とかいくと「タイトルが命!」「サムネイルが命!」「芸能人は白い歯が命!」みたいな、感じでよく言われるんですが、その言葉を「あータイトルでひっかければいいんだ」「サムネで騙せばいいんだ」「歯は白く塗っていればいいんだ」と勘違いする人も多くいます。

あくまでも、僕の意見かもしれませんが、それって全然おおきく間違えていて、そうだと思っているならば、多分本当の意味でのバズなんて、その人には無理だと思うんですよね。

バズというのは、そもそもネット上がわちゃわちゃする様子を表しているように、読んだ人たちが「ココロオドル」ことで産まれるものなんですよね。
例えば、その記事が月間1億PV超えしているような、放っておいてもある程度勝手に読みに来てくれそうな媒体なら、多少は「タイトル」と「サムネ」だけ整えておけば、なんとなく読まれることもあると思うんです。
でも、中身が伴わないなら、その記事はシェアされることも少ないだろうし、いわゆる共感も反感もなんも生まないので、結局のところ「バズ」にはつながらないんですね。

前述したライター講座で「タイトルとサムネが命!」って言っているのは、せっかく良い中身を書いても、読者に届かなければ意味がないから、届けるためにはまず開いてもらうようにしましょうねって、新聞や雑誌、なんなら書籍とかと同じことを言っているだけなんですね。スポーツ新聞だって魅力的なタイトルがなければ、いつも買わない人は手にしないし、週刊誌だって魅力的な見出しや写真が踊ってなければ、手にすることが無い人は多いし、書籍だって全く同じ。
でも、それらの中身が全く無かったら、それこそ拡がりはないんですよ。バズらないんです。

いんたーねっつだって同じだってだけで、中身が無いものが盛り上がるのは、ある意味奇跡に近くて。
有名なバズ請負人のライターさんとかが、最近重宝されてるじゃないですか?彼や彼女に頼めばバズるって。
だけど、彼女や彼らは、なぜバズるかって、そりゃ固定の読者もいるけど、固定の読者がいるからこそ、中身に妥協をしないし、そもそも普段からネット民たちの声を聴いているし、見ているからこそ、そこに寄り添って、わちゃわちゃさせれるようなココロオドルコンテンツが投下できるわけですよ。
炎上系の人だって、全くおなじ。何が燃えて、何が燃えないかよく知っている。キャンプにいって、焚き火をしようとしたときに、普段アウトドアとか行かない人は、その辺からまだ全然古くない新木を持ってきたりするんですね。あと、その辺に生えてる雑草とか。でも、経験者なら、水分を多く含んだそれらは燃えづらいことを知っているから、枯れ木を持ってくるわけです。どうやったら火がもっと大きくなるかもよく知っている。炎上系の人はそれを熟知しているから、炎上させられるわけです。

んで、話は戻るわけですけど、そういった人たちが身につけたテクニックって、結局は読者の心にいかに寄り添って、ココロオドルことができるかってことなんですよね。
つまり、バズる記事を書くために必要なことって、心に寄り添う記事がいかに書けるかが大事で、読者の気持ちを無視して「こんな風に書けばみんなわちゃつくでしょ?へっ」ぐらいに考えているものは、もしかしたら一瞬ボワッとするかもしれませんが、そんなインチキおじさんは、へのつっぱりにもならずに消えていくだけです。

心に寄り添う記事って難しいとは思うんですけど、まず何よりも自分がココロオドルこと、そしてその自分の感動が、どれだけ多くの読者と共有できるかということに尽きるのかなと。

だから、冒頭に書いた彼に言いたいことは「バズると心寄り添うがイコールじゃないと思っているなら、それこそ大きな間違え」で「そんなんだ一生バズんねーよ!」ということです。俺らの羽は心に生えてんだよって。ココロオドルこと、それがバズなんだよって。

とりま、呼応する心、響き続ける。