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とりま風呂

とりあえずまあ、はてブロでも。略して『とりま風呂』 by 常時系

何も君は面白くなくたっていいんだという話

どうも @georgek5555 です。

本当にどうでもいい話をするのですが、ブログなどが徐々に友人知人たちから、それら以外の人たちの目に触れるようになると、徐々に自分の文章というものが分からなくなることがあります。

その中でも、特に気になるのが、どうしてもオモシロおかしく書かないといけないんじゃないかと思いすぎている人。

ネットでバズるなんていう文章の中でも、割りと目立ちやすいのが奇抜なアイデアなんかで、一気に話題を作り出す"オモシロ"系のライターさん達の文章。

笑いあり、エロあり、シモあり、痛みあり、とにかくなんでもアリ。そのほとんどが、こんなこと普通やらないよなーという、言うならばかつてのドリフのような、そんな感じのもの。

例外なく僕も、あの手のは好きだし、見て大いに笑っている。

けれど、だからといって、ああいうものだけが全てではない。
もちろん、そんなことみんな分かっているから、決してそこに寄せるわけじゃないけど、いわゆるPVに影響を受けすぎると、どうしてもああいった「楽しいバカ」をすることが、まるで良い文章のような雰囲気が出てくる。

そして、もうひとつが意識高い系。
なんというか、ためになる〜深い〜みたいなやつは、なんとなく自分が高尚な人種になれた気がして、夜が明けてまた小さな庶民的な、なんというか解りやすく言えばカッコイイと思える。

もちろん、オモシロだろうが、意識高い系だろうが、プロなんちゃらで収益がどうとか、トマトがうまいとか、チャーハンが半端ないとか、vine使って斬新でしょとか、おでんで痩せるとか、とにかくどの文章も、それぞれ魅力的で、何もだめじゃなくて、何も悪くない。
ただ、今あげた全部がそうなように、それぞれは決して何がどうとかじゃなくて、その人自体に魅力があるからこそ面白いんだって話。

えーわたしつまんない人間だもんーっていう人は、そのまんまつまんない自分をえぐればいい。
何も、君が面白い文章を書かないといけないなんて法律もないし、この文章がここまで読んでみて、実際に何のためにもなっていないのと同様に、誰かの時間を、これを読む誰かの時間を無駄にすることの何がいけないんだベイベー、今夜お前を抱けないなんて。

良くね、言うんです。
1分なり、3分なり、5分なり、X JAPANの名曲『ART OF LIFE』のように30分なり、他人が時間を割いてその文章を読むんだから、それをちゃんと分かって…みたいな話。

いや、もうね、もういいんじゃない?
広告貼ってるからあかんの?知らんよ、アドブロックでもしてればいい。

面白い文章を書かないといけないと思いすぎて、君が君でいられないのなら、もうそんなこと忘れて、君が君であるままを書けばいい。
それが、きっと君なんだ。

とにかく、ここまで読んだそこのアナタ。時間を無駄にしていますよ。

とりま目がしょぼしょぼ。